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北海道に憧れ、北海道を愛し、しっかりとたくましく北海道に根を下ろしている人々のドキュメンタリー。

北海道・札幌市の初夏を彩る風物詩、第16回YOSAKOIソーラン祭りがいよいよ始まります。 今年は6月6日(水)から10(日)までの5日間。今や北海道を代表する祭りとなり、昨年は参加チーム350、 会場数31カ所、観客動員数200万人、経済効果は230億円にまで成長した。 そもそもYOSAKOIソーラン祭りは高知県のよさこい祭りと北海道の民謡・ソーラン節が融合してできた祭りです。 ひとりの学生が高知県のよさこい祭りを目の当たりにして夢がスタートしました。 その後100名以上もの学生がその夢に賛同し企業もその夢を応援しました。 今回はそんな学生達の夢を引き継いだVOGUE038の会長兼プロデューサーである前中億(はかる)さんにスポットを当ててみました。
再生にはQuickTimeが必要です。
YOSAKOIソーラン祭りと前中さんとの出会いは前中さんが大学入学後に4年間をどう過ごしたら良いか考えていた時だった。
そもそも数学が得意だった前中さん。
自分の得意な数学が世界平和に役立っているという本を読み数学者になろうと決めたが、
あろうことかその数学で0点をとってしまい志望校の入試に失敗してしまう。
1年浪人していたので2年目はなかった。挫折を味わいながらもとりあえずセンター試験の点数で教育大学に入学した。
前中さんはこれまで野球に打ち込んできたが肘を壊し、唯一心の支えだった野球までも諦めざるをえなかった。
その頃は先の事など何も考えられなかったと言う。「何かを探していたんですよ。
そんな時にYOSAKOIソーラン祭りの実行委員会募集のPRがラジオから流れてきたんですよ。
意味もわからず『とりあえず』説明会だけでも行ってみようかな、そんな軽いノリでしたね。」
説明会に参加した前中さんはその席で衝撃的な言葉を聞く。 「世の中は偏差値だけでは回っていない」担当者の言葉が胸を突く。 「YOSAKOIソーランの組織は偏差値を無視した実力の世界です。成果に対して皆がたたえる風土があります。」 説明会の会場にはその時たまたまだったのかもしれないが北海道大学の学生が多かったらしい。 「やたらと北大生がいるんだな…これは負けられない!勝負してやろう!」前中さんが挫折を味わったあと、 空虚な時間が初めて動き出す。1995年4月、前中さんはYOSAKOIソーラン祭りの実行委員会のひとりとなった。
実行委員会の研修制度の一環でよさこいの本場である高知県の祭りに出場するチームをプロデュースする研修に携わったり、 当時は認知度が薄かったYOSAKOIソーラン祭りをPRするためのキャラバン隊に参加した。 キャラバン隊には平岸天神などといったトッププレイヤーが多く在籍するチームであったり、 インストラクターの中に混ざって『初めて』踊る事を経験する。
野球しか知らない前中さんだったがスジが良く、のみ込みも早く、 異例の早さでトッププレイヤーの仲間入りを果たした。 今まで負け続けてきたという前中さんが初めて味わう爽快感。 「こんな世界もあるんだな…」さらには研修制度でプロデュースしていたチームが高知県で賞を獲った。 そんな経過を見ていた実行委員会の先輩が「a la collette?4プラ」というチームの代表をしていたこともあり前中さんはスカウトされた。 そのスカウトにより前中さんがチームの一員として札幌で活動するきっかけとなった。 その後「a la collette?4プラ」に3年間在籍しリーダーの職を担った。 その間「大賞」「第3位」「優秀賞」のタイトルを獲得。輝かしい成績を残した。
グランプリを始めとする様々な経験を経た前中さん。 1999年にチームを辞め、実行委員会時代や一緒に踊ったことのある仲間達と共に2000年、 VOGUE038の前身となる「Vogue la ga-lere」を立ち上げ、現在に至る。 以前のVOGUE038は前中さんのような経験・経歴を持ったメンバーが多かった。 「部活動や受験勉強、仕事など様々なところで挑戦してきた人達だったのですが、 いまひとつ目指す場所に届かなかった人達だったんです。 だからこそ社会人になってからの部活動という位置づけで熱くなれたのだと思います。」と語る。 その時のメンバーが数多く残り今年のVOGUE038を支えている。
今年度のメンバー構成は1:3で女性が多く、平均年齢は25歳。総勢150名の大所帯。 規定で150名までということを考えると最大人数ということになる。 100人前後のチームが全体の一割ほどで、平均は60〜70人が大多数を占める。 前中さんは「本当に幸せな事です」と感慨深けに話す。VOGUE038はまれなケースだが非常にリピーターが多いチームだという。 つまり前年の参加者が残るチームということであり、 それだけチームが家族的な居場所となっているのだろう。
VOGUE038というチームはクラブチームといっても過言ではない。 「全てを自分達で行い『後ろ盾』など何も無いし『信用』だって何も無い。 ちょうど宙ぶらりの状態にいるのかなと思います。そんなチームがトップ(優勝)に登り詰めたら面白いじゃないですか」
今年の目標を聞いてみた。「YOSAKOIソーラン祭りに参加している以上、最高の賞であるYOSAKOIソーラン大賞ですね。 特に我々は『挑戦する』というところに意識を持っていくので、 やはり大きな成果を挙げるという意味ではNo.1になることでしょうね。2年連続で4位でしたから。 あとは応援してくださる人達に1回でも多く見てもらうためにグランプリをとることでしょうね。 最後まで残ればその分多く踊ることができますから。」
このメンバーと活動して良かった事を訊ねると、「自分自身もそうだけど、色々な事に本気で向かっていき、 挑戦していく人達と行動を共にするとモチベーションが上がる。 日々モチベーションを保つことは難しいですが、メンバーと顔を合わせるとそんな事は言ってられませんから」と笑って話した。 そして逆に辛かった事を聞くと、「辛かった事?山ほどありますよ。 24歳の時にチームを立ち上げ、自分よりも年上の人が多いチームでした。僕には特別な地位やお金があるわけではない。 たまたまメンバーよりも早くYOSAKOIを始めたということだけでしたから。 だから抜群の統率力があって何かをできるわけでもない。 ただ純粋に『YOSAKOIは楽しい場所(ステージ)』ということだけを信じてもらい、協力してもらうことが大前提でしたから。」
優勝すると何が見えるものなのか。どういう感情が湧くのか聞いてみたくなった。 「本当に自分達が想像しているよりも多くの皆さんに対する感謝の気持ちが生まれると思う。」 10年前にYOSAKOIソーラン大賞を獲った経験がある前中さんならではの答えだ。 「その時は本当に多くの方から連絡をいただきました。こんな人達も応援してくれてたんだ…と気付くことができました。 YOSAKOIソーラン祭りという祭典はある意味『非日常的』な部分だと思うのですが、 終わった翌日から日常に戻されるわけですよ。そこでも新たに『挑戦したい』という意欲が芽生えます。 僕自身が21歳だった時にそう思えましたから。きっとみんなもそんな感覚を持ってもらえると思うのですが…」 大賞を獲ってから10年が過ぎ、前中さんは今年32歳になる。
北海道には雪祭りをはじめ様々なイベントが多数あるが、 その中でも学生が始めたものとして、この規模の祭りといえばYOSAKOIソーラン祭りをおいては他に無いだろう。 経済効果という観点から見ても各地方自治体にこれだけのお金を落とすことができるイベントは数える程しかない。 少なからず地域の人達に影響を与えているのも事実。しかし前中さんはこのようなことを懸念する。 「大人数で何かをやる上で参加者側も地下鉄などの団体利用であったり、 ゴミのマナーの問題、騒音など参加者がもっと気を付けなくてはいけないこともありますよね。 そこは各チームの代表が責任を持った運営をしていかなければならないと思います。 僕も常々、他のチームの方や主催者である実行委員会と交流を持ち意見交換をしています。 そういう意味ではリーダーシップを発揮出来るポジションにVOGUEがなれればと思います。」 学生達が始めた祭典だからこそ、マナーや礼儀を重く考えていた。
最後にYOSAKOIソーラン祭りを楽しく観る方法を教えてもらった。「まずひとつは『祭りを知る』ということですね。 YOSAKOIの場合は他の競技(祭り)と違ってたくさんの方に迷惑をかけないとできない祭りだと思うのです。 例えば高校野球だとグラウンドの中が舞台ですよね。しかしYOSAKOIは街全体が舞台なので、 そういう意味では多大な迷惑をかけていると実感しています。 しかし高校野球を観て多くの方が感動し、涙するのはその過程を良く知っているからであって、 それと同様にYOSAKOIも多くのメンバーがひたむきに練習し、汗や涙を流している。 そんな挑戦し続ける姿を知ってもらうことができたらさらに応援してもらえるのではないか。」
1992年に第1回大会が開催されて今年で16回目。ひとりの学生の夢が後輩達に確実に繋がっている。 今の前中さんに歴史を振り返る余裕はない。これから新たな歴史を刻んでいく人だから。 前中さんとVOGUEの挑戦は続く。6月10日…ファイナルで胸を張って踊る前中さんの姿が目に浮かぶ。