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北海道に憧れ、北海道を愛し、しっかりとたくましく北海道に根を下ろしている人々のドキュメンタリー

ニセコ町は世界屈指のパウダースノーが有名で、 スキー場を中心としたレジャー・観光事業が主な産業です。 近年はオーストラリアやアジア圏から多くの人が訪れ、 国際色豊かな一面を見る事ができます。
今回はそんなニセコ町に魅せられ移住してきた、 不動産業を営むノースベースニセコ株式会社の舘野社長を訪ねました。
ニセコに住み始めたきっかけを教えて下さい。 また、実際に住み始めてから北海道のイメージは変わりませんでしたか?
生まれは茨城で18歳まで過ごしていました。それから主に東京を拠点に仕事をしてきました。
その当時は"Eメール"の走りの時期で300bps(注1)という今では考えられない程遅いデータ通信速度の時代の中、 今で言う"IT業界"で仕事をしていました。
47歳の時に退社し、カナダに横断旅行をした際になぜか急に北海道に住みたくなったんです。 日本に戻るとすぐに都内の北海道移住センターに行きました。
それから北海道のどこに住もうかと色々探しました。 そして若い頃に行ったニセコを思い出しこのニセコ町に落ち着いたんです。 カナダ旅行で北海道に住みたくなり、なぜか「北海道が俺を呼んでいる」んじゃないかとカンチガイで来てしまいました。
最初の1年住んで感じた事は四季の移り変わりが極端なので面白いですよね。 空気も良いし水も美味しい。 北海道は寒いイメージが強かったけれど、住んでみるとそうではなく快適だと感じました。 地元の方はもっとこの環境に自信と誇りを持ってもらいたいですね。 こんなに恵まれた自然環境は日本中探しても中々ありませんから。 ますます北海道が好きになりましたね。
ただ、雪道の運転に慣れるまで苦労しました。 何度も車を滑らせてぶつけたり、落ちたりもしましたね。 2000年4月12日に来たんですが、峠にはまだ雪があったんですよ。 夏タイヤで峠越えをしてしまったんですが、バックミラーをみると後方が数珠つなぎ。 避けようにも避けられずに渋滞の原因を作ってしまいました。 ひどい経験をしました。そんなとき「試される大地」という北海道のキャッチフレーズが頭に浮かびましたね。 「俺、今試されているな」なんて思いました。
不動産業を始めたのは何故ですか?移住する前から決めていたことだったんですか。
サラリーマンを辞めてから移住するまでに2年くらい時間があったんですが、 その時に妻が"宅建"の資格を取り、私が建築士の資格を取っていたんです。
私は長い間通信業界にいましたから、今後はそのような仕事には就かず、 お日様を身体に浴びながら外で仕事がしたいと考えていました。 ですから大工という職業は理想でしたし憧れでしたね。
その目標に向かって身体を鍛えていたのが幸いして自分で家を建てちゃいました。 そして本格的に大工の修行をしようと決め仕事に就くことができましたが、 移住後に慣れない家作りなどの無理が重なったためでしょうか、 からだを壊し入院するはめになりました。大工修行を始めてわずか半年後の出来事でした。
非常に残念でしたが大工の夢を断念せざるをえませんでした。 しかしこの機会を"転機"だと考えることにしました。
そもそもサラリーマンを辞めた理由は雇われているのが嫌だったからなんです。 それに一度は「社長と呼ばれたい」という夢もありましたしね。
単に資格を持っていたから不動産業をやろうと思ったわけではないんです。 実体験として自分がニセコに来てからの土地探しが大変でしたから。 ニセコに住みたかったのに当時はほとんど不動産の情報がありませんでした。 ですからホームページを開設して情報を外に発信することから始めました。
将来的な展望を聞かせてもらえますか?
会社を興して6年が経ちました。 当初の考えは自分が60歳になるころに会社をピークに持って行きたいと考えていました。 一般的に定年退職される頃ですよね。 だから私はその時にピークでありたいと考えていました。
でも今は少しずつ考えが変わってきています。 ひとつには移住者の力で、このニセコ町に役立てる仕事をしたいと思っています。
今はまだ友人達と一杯飲みながら話題に出る程度ですけど。 ただその何かというのはまだ模索中なんです。
将来的には「移住者の会」みたいなものを作りたいと考えています。 当然、移住者だけではなく、地元の人達と一緒に何かをするというのが最大の夢なんです。
現在オーストラリア人をはじめ、国際色豊かな町に変わってきました。 不況と言われる北海道の中でもニセコの不動産は好景気だと聞きますが。
そうですね。 今のニセコ町・倶知安町に大きな経済効果を出しているオーストラリアマネーが動き出したのが2004年頃でしたでしょうか。
当時はこんなにオーストラリア人で溢れるとは考えませんでしたね。 比羅夫(ニセコヒラフ)の土地、坪30,000円でも売るのに苦労していた時でしたから。 今では20万円くらいが相場ですからね。
自分と同世代のいわゆる「団塊の世代」を受け入れようとこの会社を興しましたが、 ここ2〜3年は外国の方との仕事も増えてきています。 英語でのやりとりですから、英語ができなくてはニセコの不動産屋は務まりませんね。
最後になりましたが、ニセコの魅力を聞かせて下さい。
我々の年代はほとんどの方がスキーをしてきた年代なんです。 北海道には数多くのスキー場がありますが、何よりもニセコや富良野と言えば皆が知っていましたからね。
最近ではオーストラリア人の他にもアジア圏の方達も多く訪れるようになりました。 逆に外国の方達にニセコの魅力を聞くとニセコのパウダースノーは世界中どこを探してもないそうです。 私もそう思いますね。
舘野社長、お忙しい中ありがとうございました。 ニセコ町で土地を探されている方、 もしくは移住を希望される方はニセコを知り尽くした舘野社長を訊ねると良いかもしれませんね。 実体験に基づいた苦労だからこそ親身になってくれることでしょう。
注1)ちなみに現在のアナログモデムの最高は128Kbps、光ファイバーの最高は100Mbps)
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